ダウンロード
 
平和は私達から始める 第二部/3 一九八九年一〇月一日 マレーシア(マレー語)    
email to friend  これについてメールを送る   If you want to add this video in your blog or on your personal home page, Please click the fallowing link to copy source code  タグをコピーしてビデオを貼り付ける     Download:    WMV (126MB)    MP4(195MB)  
様々な花を見る時 花の中心を 見つめます いかに 花が美しいか いかに美しいか いかに芳しいかと 花の存在の 目的は 何なのでしょう それは神や仏陀 道や アッラーが私達を 愛しているからです 神は花を私達の感覚を 喜ばせるために創造し 人生をより美しく 耐え得るものに より 快適にするためです また皆さんが子供達の 目を見つめる時 それは知性と 愛と 学びへの好奇心と 家族の愛の中で 毎日皆さんに与える 温かさと共に きらめきます それは神あるいは 仏陀が自身の慈悲を 私達への愛を 表す時です そうでなければ 私達に こういうもの 例えば 子供 子供の愛を または花や 美しい空 星や 月や太陽が ないとしたら 本当にみじめです たとえ神や仏陀や 聖人の存在を知って いるか否かという前に 既に どこから来たか 分らない無条件の愛が あると言えるのです 全ての人々への この世の全てへの 無条件の愛が 存在します 神は人間だけを 愛するのではなく 神は動物も愛します 仏陀は私達だけを 世話するのではなく 全てを世話します ですから草でさえ 牛のために作られ オスの鳥のためには メスの鳥が作られ またハチのために 蜂蜜が作られる等です

そのため 聖書ではこう言います 神は全衆生に応じて 一切を創られた 仏教経典で 仏陀は説明しました 感覚ある衆生を助け 救うために 仏菩薩は 時には ある動物や鳥 花や水に 姿を変えると異なる言語で 異なる方式の同様の 言い伝えがあります ですから 私達への 神や仏陀の愛を 知るために 私達の周囲の創造物 全てに感謝すべきです 私達はもっと慎重に もっと注意深く もっと感謝して 私達が使うようになる 全てのものを 見るべきです でないと忘れやすく 簡単に忘れてしまい 安易に感謝しない でも創造主は 仏陀は 私達が 感謝しなくても 気にしません 私達の感謝など 求めません ただ私達が 感謝を忘れれば私達は 失うだけのことです 私達は自身が壮大だと いう感覚を失います 私達は一切を世話する 最も偉大な力が あるのを忘れました それでその瞬間とか その場合に とても孤独を感じます あまりに絶望を感じ 苦しみもします 外では 私達が受けとる全ての ものに感謝します 内では私達は時には 静かに座り  仏陀の存在を知り 内なる声を 静かな  静かな声を聞きます そして 神の声を 仏陀の声を聞きます 私達が 毎日そのようにすれば  毎日取り扱う物の中に 私達の知性の中に 私達の視点に大きな 違いが分かります つまり私達が 「瞑想」と呼ぶものです さて私達が ただ座って瞑想し 神の声を聞けば 本当に多くを得て より簡単になります 私達が注意を払わねば ならない 少しの条件があります

外にある本の 「即刻悟の鍵」の 英語版と中国語版は 私は実際にその当時 私の弟子に 知識の道を進む方法を 話してきました 例えば 私達は毎日 こうして 目を閉じ仏陀のように 座るのでは 不十分なのです 皆はあなたが 偉大な修行者と 知っています それでは不十分です 私達は瞑想を 生活様式にすべきです 例えば 私達は 瞑想する時 神の力や 仏陀の力と 連絡をとります そして私達は この神の力とか 仏陀の力を 人との日々の関係に 現させるべきです 私達はより愛深く なるべきです それは私達の 進歩の証拠です それで今 私達がより愛深いと 証明したいなら 私達は少し 慈善行為をすべきです 貧しき者を助けるべき もっと両親に 従うべきです お年寄りや幼い子供や 寡婦を世話すべきです また私達は過度の 楽しみにふけるのも 控えるべきです 全ての他の生き物の 苦しみを自分のことの ように見なすべきです ですから 私達は動物を殺害し それで食べることを 喜んではいけません それがベジタリアンに なるべき理由です 今皆さんが この菜食の食事を したくないなら それは あまりに 問題が多いせいだとか 商売の問題のせいとか 妻が料理して くれないせいだとか だって だって だってというなら それなら別の 代案があります 例えば 仏陀が 初めて僧侶を自身の 教えに受け入れた時に その僧らは肉を 食べ慣れていました

僧だけでなく 在家者も同様に肉を 食べ慣れていました 彼らの国では 草も野菜も 育たなかったからです それで仏陀は言います 「構わぬ ではゆっくりゆっくり 肉をゆっくり食べ そして野菜を ゆっくり食べなさい」 ですから私も仏陀に 基づいて  代案を提供します 例えば 私達は自分にとって 都合がいい時に 菜食を試すべきです そしてできる限り 菜食になる 口実を作り 肉を食べる口実を 作らないようにします 全ての創造物に対し ますます慈悲を学び 愛を広げることに よってのことだと 私は言いたいのです 全ての宗教が 誰もが 愛を人に限らず 全ての動物に広げる べきだと述べている 訳ではありません ですから私達がどんな 宗教を信じていても 私達はみな 「性善説」を信じ 私達の心の中の 善良さと慈悲を 信じることができます できる限り多くの命を 救う努力をします また一切れの肉を 食べれば 多くが変わるという ことではありません でもこれは慈悲への 私達の心の訓練の 原則なのです

自身の慈悲心を育て そして自身の慈悲心を 殺さないこと その意図が大事です ある修行者の グループは 菜食を食べません 彼らは菜食が 不便だと思います 毎日社交的に 付き合わねばならず つまり娯楽や 事業においての 交友を深めるためです そして彼らは 菜食になるのは 不便だと思います それで彼らは週に一日 または週に二日 断食すると決めます 理由は 全ての生き物への 慈悲を学ぶ印として 肉の摂取量を 減らすためです ですから私達は これこれのグループや 宗教が金曜に断食を 一年に一月の断食を すると聞くのです これらは 非常に古いけれど 非常に効果的な伝統の 残りものです また 仏教では 多くの種類の 菜食主義者がいます 例えば生涯菜食主義者 それから月に 二日の菜食主義者 月に四日の 菜食主義者 月に六日の菜食主義者 などがいます これは人々に菜食に もっと慣れさせる ためのものです

私の言いたいのは この方法は多少 複雑だということです 例えば 私達東洋の 仏教徒は非常に厳しい 暦があります 毎月ついたち 「旧暦」の 毎月ついたち 毎月の十五日 月の晦日などのように 菜食を食べます それであなたが 忙しく働く男性 ビジネスマン 新聞記者であるなら いつでも 「旧暦」の暦がチェック できるとは言えません それに旧暦の暦さえ 持ってないかもしれず 「陽暦」しか持って ないかもしれません それでどの日が何か 分かりにくいのです

それで私は提案します 全前衆生への 慈悲の印として 慈悲の支えとなる 印として いつでも 私達が思い出した日 生活で便利な日は 菜食するようにと それでもう良いです かなりいいです いいですか(はい) はい ありがとう それでこのようにして 私達の頭脳と心は より寛ぎます なぜ それは私達が 肉を食べる時はいつも 動物が息を引取る時の 彼らの心の中の憎悪 怒り 挫折感が 私達の潜在意識に 課せられ刷り込まれる のが避けられません それで私達は 内面に不安を感じます ですから 夜寝るとき 悪夢を見ます 私達が動物を見ると 怖がって 逃げます そして病気の時には 治り難いのです 私達が食べる肉に まとわり付くこの 憎悪 怒りの雰囲気の せいなのです ですから菜食を すればするほど 私達の心には やましさが ありません そうです

やましさがなく 罪悪感がありません 潜在意識に 罪悪感がなければ 熟睡できます あまり悪夢を 見なくなるでしょう 試してみるべきです 精神状態 心や体 全てが 良くなります

私は旅行する時以外 皆さんほど 新聞を見ませんが 十五 二〇 三〇時間 飛行機に乗って 他にすることがなく 睡眠や瞑想も それほど長く できませんので 新聞をとって 見てみます 新聞にはいつも いい知らせは ありません 何もないのが良い報せ 先日香港から ここに来た時 ニューズウィークや タイム誌を見ました 災害ばかりでした ハリケーンや大惨事 飛行機事故 殺人 病気などです 病気には これまで見たことも ないものがありました 例えば 最近の流行の病気には 治療できない 寄生虫がいます

寄生虫は かじって穴を開けます

中から穴を開け 虫がはって出て 来るのを見ます 体中こんな虫が いっぱいなのを 想像できますか 医者には 治療できません その記事を見て 吐き気を催し 吐きたくなりました ひどい写真を 見たからでなく 病人の 堪え難い辛さを 感じたからです 通常私たちの胃には 虫がいて それでも十分辛いのに 体中に虫がいて いつでも穴を食い開け はって出て来て 虫が見えます 静脈や血液 筋肉は虫で いっぱいです それが どういう状況か 想像できますか しかし 自分たちは 健康で 経済的地位もあり 神はそんな 状況にはしないと 思ってます それならもっと 清潔にし神の保護を もっと受けるように 準備すべきです そうしてこそ悲惨な 状況になりません 間接的な殺生を 避けることが最良です 肉食も間接殺生に なります 肉を食べなければ 殺生する人はいません 仏教の 因果の法則は 必ずあります 他にしたことはすべて 何らかの形で 己に降り掛かります 仏教だけでなく キリスト教も同様に まいた種は刈り取ら ねばならぬと言います 他の宗教も 注意深く見れば カルマの法則や 因果について 書かれています 行いは何でも 自分に降り掛かります 儒教では 自分にして欲しくない ことは人にするなと 言っています 因果つまり 行いは何であれ 良かれ悪しかれ結果を 受け取るということを 知っていたからです それで悪い結果は 望みませんので 結果を良くするため 良い行いを 始めねばなりません

天国や地獄について あれこれ 言いたくありません ただ生活について 現実的にお話しします 健全な心と 健全な体 よい意識 よい睡眠を望むなら 他の人や 動物に対し もっと慈悲深く ならねばなりません その報いを 受けるからです 他の者に平和と安全を 与えれば 平和と安全を得ます ご存じのように 私は幼い時から どんな生き物も 決して殺しません アリ ミミズ 鳥でさえ 殺しませんし 殺害を 見るのも嫌いです ですからオゥラック (ベトナム)には とても多くの災害 とても多くの殺害 死や困難がありました でも私は逃れました ボートで漂流したり 困難に陥ることもない それはなぜでしょう 私の人生には憎しみ 殺生 悪い行為が ないからに違いなく 良い扱いを得る訳です それで 自身の経験から 皆に教えられますが 他人に良い事をすれば それは結局 自身にされるのです 今私が 観音法門を修行して いるから そう言う のではありません 違います それ以前に 私は既に慈悲の 果報を見ました 例えば 私の国では 時々 子供たちは 網で小鳥を捕まえ 食べたりしていました 私は決して参加せず これが嫌いで  しないよう彼らに伝え そして鳥が負傷して いるのを見るたびに 家に連れて帰り 回復まで世話をし 自由にさせました そのために 動物は私にとても 友好的だと思います

ドイツにいた時 ある日  仏名を唱えた後 外に出ると 鳥が 私に向かって飛んで 来て 私の前に 止まりました 私は言いました 「何が欲しいの」 すると鳥は私に話しかけてくれました そこに長い長い時間 立ったまま 私達は三十分ぐらい 話しました 鳥が話を理解するか どうかは分からないが 私は彼の話は分からず とにかく話し続けて 非常に活気ある会話の ように見えました ですから多くの人が 出て来て私達の会話を 見ていました 私達はこのように 非常に近づき 彼は決して逃げようと しなかったからです それで人々が皆来て この光景を 見ていました 鳥はこんな沢山の人が 来ているのを見ると 飛んで行きました 鳥は彼らを恐がったが 私にことは 恐がりませんでした インドにいた時 ヒマラヤに住んでいて 良い部屋ではなく 泥の家に住んでました

泥でできていました

上に石が置いてあり その石はいつでも 落ちる可能性があり それは良い構造では ないので 土壁には何千もの穴が 開いていました ですから風が入り 星の光も穴を通して 照らします 様々な 動物も入ってきて 友達になります 毎日瞑想の後 目覚めると 周囲に少なくとも 五匹のサソリがいて そこに座り 私と 一緒に瞑想してました ご存じ サソリには 千本の足があります

噛まれたらさようなら サソリは   しっぽが非常に鋭く 一度刺されたら さようならです 毎日サソリと 蛇 皆が周りに座って 瞑想します 私は起きるとこんなに  多くの友達を見ました ここは彼らにとって 良い場所でないと思い 私が歩き回ったら 慎重でないと彼らを 踏んでしまうからです それで 毎日瓶を 出して 大きな瓶です 彼らを全部入れます そして散歩に行って 彼らを連れ散歩に行き 大きい岩の上に置いて 彼らの姿が消えます ですから 私が動物に対して 大変友好的なので 動物も私に友好的だと 私は思います 想像できますか 動物もこのようなので 人間に対して 全衆生 全ての人 全衆生に 対して友好的であれば 世界に戦争はなくなる ですから私達は今日か 明日「平和プログラム」 始めましょう

行動で始めるべきです 殺生の習慣を 抑えることから 始めるべきです できるだけ 命を守ることから 始めるべきです 平和は私達から始め 私からあなたから始め そうすれば世界中が 平和になるでしょう そこに座って 大統領や平和の使者が 来て話すのを待っていられません いいえ私達は自分で それを決断すべきです したがって 私達が瞑想して 肉の摂取を 少なくするなら 自身の中がより 平和になると思います 私達が平和になれば なるほど 一種の目に見えない 平和な雰囲気を 周りに発し それは みなに影響します それで平和のことを 口にしなくても 平和になります 平和を主張する 必要がなくなりますが 平和になるでしょう 同意できますか(はい) 有難う 有難う

私達が浄化し続ける なら 神に近づく ことができます そして何であれ 信じているパワーに 神を信じるなら 神により近くなり 仏陀を信じるなら 自分を浄化して 仏陀に より近づきます これは確かなことです 私はそれを試みたので あなたに喚起します 自身に善良さがある ことを忘れないように 思い出させるのです 神が内に宿ることを 忘れないでください 仏陀は心の中にいる ことを忘れないで 神が内面にいるのを 忘れないでください 内に仏性があることを 忘れないでください このパワーを探して 見つけて目覚めさせて 助けを求めれば 助けを得るでしょう 加護を得るでしょう すべての恩恵が あなたにありますよう

ヒマラヤでの 修行の体験について もっと話して 下さいませんか 私達は霊的体験の為に ヒマラヤへ行く 必要はありません 私の霊的体験は ヒマラヤで始まった 訳でも 終った訳でも ありません 私は人生の毎秒毎分 霊的体験があります でも私は全てを 話すことができません 長くて 多すぎて しかもあなたの予想と 想像を超えています あなたが私達に加わり 同じ修行をすることを お勧めします するとご自身で それが最良と分ります 飴についてずっと 話しているだけで 自分だけ食べるなら 何の役に立つでしょう

あなたは食べません それで話せば話すほど もっとよだれが 出るだけです でも私は 全経典に語られている 「最高の体験」を 既に体験したと あなたに言えます それであなたは毎日 更に進歩します 一つのレベルに 止まる事はありません 体験は日に日に 多くなります 最高の体験が 私には既にあります 話せるのはこれだけ いいですか 適切な指導なく 瞑想すると発狂したり 邪霊の影響を 受けるかもしれないと いうのは本当ですか はい 本当です だから私が教えた事を 人に教えてはダメです それで弟子に 体験や修行方法を 他人に話すことを 禁じています 私達に愛がないとか 何かを秘密にしたいと いうのではありません そうではないのです 弟子達には まだ十分な力が ないので 彼らの いわゆる「生徒」を 保護できないからです ですから私は 状況を見て教えます それで私は先ほど 菜食しないなら 瞑想は一回に 三十分だけにすべきと 話しました しかも私はこの基本の 簡単な方便法を 教えているので 私は皆さんに対し 責任もあります

それで瞑想中に 困難があればいつでも 私の名を呼んで 助けを求められます 私はあなたを助け その時 あなたは何も 問題なくなります 一人で座るのではなく 私はあなたと一緒です

あなたは私の所へ 来る必要はありません 心で私に話せば 十分で 私は分ります

VIPの言葉の引用 秒読み前 交代制1

この地球は苦境にある私達は超えてはならぬ 一線のごく近くにいて もしかすると 明日朝 目が覚めると結局 救う術は何もないと 気付くかもしれない

家畜と肉の問題は 食の問題だけでない それは環境問題です

牛や豚の飼料として 広域の土地使用が 原因の環境破壊は 実際 すさまじく 多くの土地を 取上げています 植物蛋白質なら 本当はより多くの 蛋白質の生産に 使用できるはずです 動物性蛋白質を 作るのは 浪費です

温室効果ガスの排出を 多く引き起しています

我が国の 温室効果ガス排出の 50%は 主にメタンの形として 農業分野から 生じています

特に 国連で また他の組織でも 肉を諦めるよう 人々に奨励しています

私達が自らの食べ物を 変えない限り 他は重要ではない 私達の森のほとんどを  破壊するのは食肉で 水を汚染するのは 食肉であり 病気を生み出し 私達のお金を 病院に流用させるのは 食肉だからです だからそれこそが 地球を救いたい人の 一番の選択なのです

もちろんそれは 新種の消費者行動と 生活様式を意味します そして私達全員 政府 企業 市民社会 個人 私達全員に 主な役割があります これは疑いようもなく 皆が立ち上がれる 私達全員の挑戦です

子供達のために残す この地球を 保護すべきです 人道的な価値に 基づいた希望を 選びましょう 断固として人類が 優先順位の中心に いるようにしよう

ベジになって エコを実践 地球を救おう

また赤ん坊の 出生後も その世話はどの動物も 殺さぬようにすべきで 母親に肉の多い ご馳走を与えず 酒を飲むため 肉を食べるために 多くの親類を 集めてはならない それは正に出生のとき 大変な状態にあり そこには臭い血を食べ 尽くしたい数えきれぬ 凶悪な悪魔 怪物と 子鬼がいるからである 肉を消費するために 無知な方法で  逆に動物の殺害に 頼ることによって

彼らは自身への呪いを もたらす  それは母と子にとって 有害である ~地蔵経 

誰かの死後 数日は 慎重にせよ 悪魔と神々を 崇拝したり  生け贄を捧げることで 殺生したり破壊したり 邪悪なカルマを 作らないように

なぜならそのような 殺害と虐殺が係わり あるいは崇拝が 行われたりこのような 生贄が捧げられるのは 死者のためには ごくわずかの 利益さえ ないばかりか 更に罪深い 過去のカルマに 絡み合わせ 更に深く より深刻なものに するからであるゆえに 良い状態での 彼の再生を遅らせる カルマとは報いのこと ~地蔵経
trackback : http://suprememastertv.tv/bbs/tb.php/download_jp/5636

 
 

   追加言語字幕
 
  スクロールのダウンロード
  MP3のダウンロード
 
Listen Mp3視聴  智慧の言葉
Listen Mp3視聴  マスターと弟子
  iPhone(iPod )へのMP4ダウンロード
  Download Non Subtitle Videos
  プログラム別ダウンロード
 
マスターと弟子
ベジタリアンエリート
ベジタリアン 高潔な生き方
啓発のエンターテイメント
動物の世界
芸術と霊性
良い人 良い仕事
注目すべきニュース
智慧の言葉
  日付別ダウンロード
2024 . 6月

Sun

Mon

Tue

Wed

Thu

Fri

Sat

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

11

12

13

14

15

16

17

18

19

20

21

22

23

24

25

26

27

28

29

30